沈んだ夕食の後、ラグの携帯が鳴った。
ラグはベッドに顔を埋めたまま手を伸ばし、枕元に投げ出した携帯を掛布に隠す。
泣き疲れ、誰とも話したくない気分だった。
だが、携帯は鳴りやむ気配を見せない。
「………もう…」
仕方がなく、携帯を取り出し相手を確認する。
「――館長…?」
小旅行の首謀者、ラルゴ・ロイドと分かっただけでラグの面は苦々しくなった。
「……はい…」
『ラグ、今どこにいるんだ?』
「……どこって」
『帰りが遅くなるなら連絡を入れなさいって、言っていたと思うんだけど?ぼくはこれでもきみの保護者なんだぞ』
ラルゴ・ロイドの溜息が電話越しに聞こえる。
「今日は、ヨダカ地方の見学をして一泊するって館長が…」
『何を言っているんだ?それは来週末に行くって確認の連絡を入れたじゃないか、忘れたのか?』
「……え?…来週…、ですか…?」
『ああ、チケットもまだ渡していないだろ。まさか、一人でヨダカまで行ったんじゃ…、ラグ?聴いているのか?』
保護者の話にラグは訳が分からず、ポカンと口が開き、呆気に取られている。
「…館長はぼくに、列車のチケットを送ってきたじゃないですか、受け取っていますよ。グリーン車の……、今日の十時過ぎの列車に乗って、ぼくは…」
『なんだって!?』
驚愕した声にラグは竦んだ。
『いま、一人なのか?』
「…………」
『それとも誰かと一緒なのか?僕を騙った誰かと一緒にいるなんてことは…、ラグ?』
「……あ、はい…、聴こえてます…」
『騙った人物』、列車での出来事は偶然を装った摸倣、すべてノワールの企てた罠だとしたら自分はどうしたらいいのか。ふとラグの心に疑念が浮かび、緩やかに上体を起こし、恐るおそるドアを伺った。
「あの…館長…」
ラグの唇が震える。
「……日にちを間違えたのは、……館長じゃないですよね?」
『そんなわけあるか、チケットはここにある。第一ヨダカは日帰り出来ないだろ。ホテルの予約も手配済みだって言うのに。……まぁいい、とにかく、今の場所を教えなさい。すぐ、迎えに行くから』
「…………」
(館長は…ぼくの現在地が…わからない…?)
『最近妙だったんだ、ぼくの周囲が監視されているように感じていたから…』
「…か、監視…って…」
『ラグ…?』
「ぼく…あ、あの……!」
口を開いた矢先、ドアをノックされラグはハッとした。
瞳が零れそうなほど目を見開き、携帯とドアを交互に眺め固唾を呑む。
(もしも…、今までのことすべてが、ゴーシュの…企てだったとしたら――――)
「か、館長、すいません。折り返し連絡しますから…」
『ラグ…?』
(どうしよう…)
慌てて携帯を切ったものの、ラグはドアを見据えたきり微動だに出来ない。
(やっぱり、全部ノワールのうそで、本当はテロリストにぼくを売るつもりで…)
携帯を握る指先が冷たくなってゆく。
(館長のメールもチケットも最初から罠だったんだ。ぼくをおびき出して、どこかに連れて行こうとしてる…?――きっとそうだ、子供は高く売れるからレジスタンスに誘拐されないように気をつけろって前に館長が言っていたもの…。やっぱり兄さんは…、テロリストの一員のノワール…。ゴーシュ兄さんはぼくのことなんて…、ちっとも…大切に考えてなんていなかったんだ…!)
「…う…っ…」
ラグの目許から、滝のように涙が溢れ出す。
ほのかな期待、穏やかな記憶、紡いだ甘やかな時間は打ち砕かれ、ネガティブな妄想に変換された。
「――ラグ!まだ泣いているのか?話があるからここを開けてくれないか」
ラグの泣き声を聞き、ノワールは慌てた様子で急かしドアを叩く。
「……っ…えっ…えっ…」
目をこすり擦り、ラグは被りを振った。
「泣かせるつもりはないよ、ラグ…、ぼくの話を聞いてくれ…!」
「嫌だ、――聞きたくない…!!」
ノワールの逸る声を聞き、ラグは泣きじゃくりながらも反論する。
「……い、今すぐ…、ぼ、…ぼくを…売ったらいいじゃないか…!」
「…え…?」
ノワールはドア越しに、すすり泣く声を聞いた。
「な、…内臓をバラして…、子供だから、た、高く売れるんでしょ…。明日にはぼくは…死んじゃうんだ…っ…から…、今でも…明日でも…変わらないよ…っ」
「何を言ってるんだ!」
履き違えたラグの思考は、哀傷へと転がってゆく。ノワールは溜息を吐き項垂れたが、言いわけを続ける。
「……ぼくがきみをバラす訳がないだろう…、いったいどこでそんな言葉を覚えて…。信じてくれ、きみに危害は加えない。だからここを開けてくれよ」
「ゴーシュ兄さんの…うそつき…!!」
「…ったく、埒が明かないよ、これじゃ」
ノワールは体当たりし、ドアを打ち破ろうと試みる。
ドッとドアがしなるたびラグは竦み上がり、恐怖のあまり頭から掛布に潜り込んだ。
「――――っ…!」
数回痩身を打ちつけ、ドアロックは観念し義兄を招き入れた。
肩で息をしベッドに近づくと、ラグの身体がより丸くなるのが見えた。
「――――ラグ…」
ノワールはベッドに腰掛け、掛布に潜るラグの身体にそっと触れた。
「ぼくのせいで、ラグが悲しい思いをしたのなら、……謝るよ…」
「…………」
「きみが母親と辛い別れをしていたなんて、…知らなかったから。……でも、ぼくはきみを捨てたわけじゃない…。証拠にこうして会える時間は会いに…」
ノワールの話が終わらぬ間に、ラグは掛布を剥ぎ、泣き顔を晒した。
「……っそれは…、ぼくを、た、…たぶらかすためなんでしょ…!」
「誑かす…?」
「今日、ゴーシュ兄さんはぼくにうそをつい…てっ…ぇ…えっ…ぅ…」
「――ああ、そうだ」
ノワールは引き締まった声で返した。
「……っぱり…、そ…なんだ…っ…」
「でもきみが考えているようなことは、しなかったと思うんだけど?」
ラグはすすり泣きながら、ノワールの表情を伺った。
真っ直ぐに義弟を見つめ、真実を語らう眼差しと判るが、ラルゴ・ロイドの話が耳に残っている。
「監視をしていたの?…ぼくや、館長を…」
とたんにノワールの顔が険しくなる。
「いつから…見張っていたの…?テロリストに売るためなの?誘拐して…政府から身代金をせしめるため?」
「…違うよ。…ったく、さっきから誰の入れ知恵なんだ?きみの話は…。確かにテロリストはそうかもしれないが、ぼくは…」
感情が昂るまま、ノワールはラグを腕の中に抱き止めた。
「……ぼくは、もしもラグがそんな目にあったなら、テロリストを皆殺しにしても構わないんだ。いや、それだけじゃ気が済まない…腐った政府もろとも…」
「…一員なのに?知ってるよ。ノワールは…、ゴーシュ兄さんは…、レジスタンスのエースなんでしょ。なのに、どうして…?」
涙を流し泣き疲れ、目いっぱいそぼ濡れた瞳を、ノワールは唇を近づけそっと閉じさせる。
「ラグが…、誰よりも大切なんだ…」
「……うそ…」
「うそなものか…、可愛くて可愛くて、今日だってぼくは御覧のありさまだよ。自分を抑え込むのに失敗した。きみはまだ幼いから解らないかもしれないけど、……ぼくはラグを、誰にも渡したくないんだよ。片時も忘れたこともない…」
「うそ、…だよ。ゴーシュはぼくをからかって、おもしろがっているだけなんでしょ…。だからあんなことして、そのあとぼくを売るつもりで…」
「あんなこと…?」
「…………」
ノワールの腕の中でラグは拗ねて見せ、身体をさらに丸くする。
一呼吸置き、ノワールはラグの背中を安心させるよう軽く二度叩いた。
天井を仰ぎ、ふっと溜息を零しつつ、
「――……はぁ、……仕方ない…」
観念した声を上げた。
「ここまで来たんだ。埒が明かないままじゃ、きみだって気味が悪いだろ。……話すよ、今日ラグを連れ出した経緯を。それを聞いたら少しはぼくに耳を向けるだろ…?」
「――いきさつ…?」
「ああ、…そうだ。…もともと今回の旅行は、あいつの計画なのは間違いないんだけど、きみは目的を知らないだろ。あいつと何のための二人旅行だったと思う?」
「……?」
ノワールのペースに呑まれつつ、ラグは小首をかしげる。
「どうして保護者の彼がラグをぼくに預け、一緒に暮らさなかったのか、きみは知らないだろ」
「同じ年の妹がいるから…、って」
「それだけじゃない、情が移るからだ。もしあいつがラグと暮らしたなら、接し方がかわったかもしれない。だからこそ彼はきみとの同居を拒んだ。父親と呼ばれるのが嫌で」
「だって、お義父さんと変わらないよ。でも、そう呼ぶと怒るから…」
「呼ばれると困るからだよ」
「どうして?」
「あいつは年頃の少年を…、その…、少年で遊ぶ悪趣味があるんだ。ちょうど、ラグくらいの少年が好みなんだよ」
吐き捨てるように言ったノワールの口振りに、ラグはきょとんとした。
「…館長はよく男の子を追いかけて、話しかけてはいるけど…」
「――それだよ…」
ノワールは呆れ声だ。
「あいつは飼育に興味がないんだ。必要以上に愛着が湧いた少年は、抱けないらしいから」
「――――えっ……!」
「驚いたか?でも、事実だ、これがあいつの正体。これさえ無ければまっとうな大人なんだけど、…あの性癖はぼくには理解出来ないな…」
「……館長が…」
ラグは眉をよせ、訝しい顔をした。
「一年前にラグを偶然見かけた日に、ぼくは正直焦ったよ。ラルゴ・ロイドがラグを身受けした目的が解ってしまったから。好みの少年が成長するまで、よく我慢できるなと感心するけど」
「あ、…あの…、ゴーシュ…」
「…ん?」
「一年前って…」
竦み上がっているラグの額に、ノワールは緊張を解きほぐすキスを落とす。
「そう、だからぼくは一年前から彼の動向を監視し続けていた。レジスタンスでありながら、彼を見張らなければならないんだ、骨はおったがその甲斐あって、ラグを護れた」
「……護ってくれていたの、ぼくを…?」
「今まで何もなかっただろ。偶然を装ってすべて工作したからね。今回も旅行の日時を知るなんて簡単だったよ。彼の携帯やパソコンをあらかじめ、少しだけぼく好みにしてあったから。あとはぼくがラグにチケットを送って、今日を待つだけだった」
「あ、…でも、メールが…!か、館長からのメールは、あれも…」
(――――やっぱり、ゴーシュ兄さんの偽装…?)
訝しい顔をしたラグに、ノワールは「推察の通りだよ」と先を云った。
(『迷っているなら向き合ってみるといい』って、メッセージは、ゴーシュ兄さんが…?どうして、ぼくに…?)
「…………えっと…」
俯き、戸惑いながら思考を巡らせる稚い義弟に、ノワールは苦笑する。
「一週間後、彼と旅行していたなら、ラグがお義父さんと思っている人に抱かれていただろうな」
「えええ…っ!!」
ラグはやっと、一遍を理解出来た。
「嫌だろ?」
「……うん、だって館長はお義父さんで…、ぼくを拾ってくれた人で…、そんなことする人だなんて…。たまに会いに来てくれるとやさしいし…」
「ああ、悪人ではないから、手解きを受けなければ今までと変わらなく過ごせるし、事実を知っておいたら回避も可能だろ?」
「……う…ん…」
「だからきみをテロリストの売買に引き出すつもりもないし、余計な心配は取り越し苦労だってことだ。理解出来たか?ラグ・シーイング…?」
ラグは無言で頷き返事をしたが、自身でノワールを精査したわけではない。一方的に語られただけで、義兄の疑念が晴れる筈もなく、抱き止められた腕を押し退けた。
「ラグ…?」
「…じゃ、じゃぁ、ゴーシュは、館長と同じ趣味があるってこと…?」
「一緒にするなよ…」
「だ、だって…、キ、キスとかいろいろ…」
「それは…」
「結局同じじゃないか…、館長としてることは…、――あっ…」
否定する義弟を掬いあげ、ノワールはベッドに押し倒した。
「ラグ!」
「――……っ…」
「あいつならとっくに、自分のものにしてる…!きみが嫌がって泣こうが喚こうが、あいつにはそれは関係ないんだ。むしろ余興のようにあくどく笑っている…、きみはそれを望むのか、――ぼくに…!」
「……シュ…っ…」
捕らえられ、ラグは息を詰まらせる。
「…は、離して、いや…」
「だめだ…!きみがなんて言っても、たとえぼくを信じられなくても――」
「……ぼくは、ラグを…愛してるんだ」
ラグの面をいとおしく見つめ、ノワールはあえて言葉にし、言い放った。
「実際抱きしめるだけじゃ、足りなくなってる…。きみをもっと腕の中で困らせたり甘えさせたい。こんなのは兄として最低な欲求だし、何度も抑えようと思った。兄弟としてきみとずっと素知らぬ顔をして生きようって。
だけどあいつの思惑を知って、ラグが誰かのものに…、しかも何の感情もない奴におもちゃにされるなんて許せなくて。ぼくはラグを誰にも渡したくない、ラグと居たいよ。でも今のぼくたちの現状じゃ、それは難しい。
だからどうにかして、今回のあいつとの旅行は回避させたかった。ぼくのラグを傷つけたくなかったから。――ラグ、…けどね、ぼくはまだ、きみを抱けないよ…。ほんとうはぼくのものにしてしまいたい。
でもまだきみは信じられないくらいやわらかで、簡単に壊れてしまいそうなほど華奢で、そんなの、ラグが耐えられなくて辛い思いするだけだし。もう少しの辛抱だって解ってはいるから、……だから、今はまだきみを護ることに専念しようって…」
向けられる陶酔の眼差しは、兄弟愛を有に超えていた。
覆いかぶさる義兄の唇は、華奢なうなじにある。ラグの髪に頬を寄せ、甘い香りのする首筋を嗅ぎ、鼻を擦りつけ五感で弟を愛でる。
「……ラグ、…ラグ……」
告白した兄は、人形のようにかたまり現実を受け止めきれない弟を、名を呼ぶ呪文で現世へと引き戻す。
砂糖漬けの甘い声を聞き、ラグはたった今目覚めたように瞳だけをくるりとさせ、天井を眺めた。
重なる身体から、じんわりと温かな体温が伝わってくる。
ノワールの腕にやわらかく抱きしめられ、抗う気は失せていた。
幼い頃抱き止められた心地よさ、慈愛とやさしさ、それ以上に陶酔するほど感じていたい鼓動の連拍。
ゆるりと腕を伸ばし、ためらいながらもノワールの銀糸に触れ、ラグはこころの回帰を知った。
「ゴーシュ……にいさん…」
「……ん…?」
「…じゃぁ、さっきのは…」
「さっきの?」
「……その…」
ノワールに受けた様々な出来事が脳裏によみがえり、ラグの体温は上昇した。
顔を覗かれ、思わずうなじまで赤くする。
「弟と思っていたきみに触れてしまったのは、…ぼくの甘さだったと思う。けど、もう、ぼくはラグなしでは生きて行けない。もう完全にイカれてる。弟にキスして、きみの甘い声を聞いて…、たまらなく可愛くて、……感じてしまったんだから…」
ノワールはなんの躊躇もなく、ラグの首筋を吸った。
「……え、…ぁ……!」
「だけど責任は、ラグにもある」
「せ、責任って…?」
「ラグもぼくに惹かれている、違う?」
「――――……!」
ラグの心のパネルは、想定外に砕けた。
あっさりと真相を見抜かれ、許容を超えたシチュエーションで暴かれた、と云ってもいい。
「ラグはぼくに、恋をしてる」
断定の声音だった。
ラグは言葉に射抜かれ、眼を見開いたきりで返答も出来ない。
「だからぼくたちがなにをしても、あいつの行為とは決定的に違うよ」
「……から……」
「え?」
「いつから知ってたの…!?」
ラグは混乱し、声を張り上げた。
「ぼくがゴーシュ兄さんを好きだって…え、あっ!…そうじゃなくて…ああっ!…もう…」
ノワールの告白、さらに心まで見抜かれていたと知り、ラグはパニック状態だ。気持ちが口から滑り落ち、いたたまれず両掌で小さな顔を覆い隠す。
「一年前に再開したあの日から、知ってた」
「…うそ!」
「嘘なもんか。ラグの様子は再会を喜んだって雰囲気じゃなかったからね。ぼくを好きだって顔に書いてあるんだ、からかいがいがあった」
「ひどいよ…!ゴーシュ…!!」
「うん、ひどい兄だよ、ぼくは。今日も列車の中で綱渡りするラグを見て、楽しんでしまったんだから。でもキスに応えるきみは…本当に可愛くて……、ラグ…」
「だ、…だめ…!!――――んっ…」
目を白黒させ、ラグは現状が掴み切れていないが、箍の外れた兄はお構いなしだ。流れに任せ、頬から瞼にキスをし、身体に熱が灯ったらしい。
ラグの小さな唇を塞ぎ、止めどなく感情の溢れるままに、愛する弟の名をありったけの甘い声で囁きながら、キスの応酬だ。
胸の奥がムズ痒くなり、ラグはノワールを一つ小突き、拗ねた可愛らしい面を向けた。
「……苦しい…から、待ってよ…、ゴーシュ…」
「待たないよ。キスしか出来ないんだから、待たない。これは思う存分させてもらう」
「……ちょ…っ…!」
唇が落ちた。
どれほど焦がれていたのか、弾けた恋しさは、体温で容易くリセットされてゆく。
キスをしながら柔らかく髪を梳かれ、愛情を込めて撫でられる指先の感触が心地好く、ラグはノワールに身体を預け、瞼を閉じた。
「…ラグ…?」
キスに酔わされ、重くなったラグの瞼を指先で掠め、ノワールは開くよう促す。
やわらかな愛撫は、睡魔の誘惑に似て、ふっと意識を落とすと危うかった。
甘く潤み、まどろんだラグの瞳をあたたかく見つめ、ノワールは微笑んだ。
「……ラグを帰したくないって言ったら、シルベットに叱られそうだな…」
穏やかに呟き、
「良く言われたよ。『お世話はわたしの仕事なのに、お兄ちゃんは何かにつけてラグに構いすぎる』って」
ラグに額を合わせ、冗談まじりに表情を伺う。
「前にぼくとシルベットと、…二人でラグの争奪戦をしていたって、憶えてる?」
一瞬ラグは驚いたが、愛情たっぷりに返事を待つ瞳に見つめられ、か細く首を横に振った。
「彼女も、ラグを愛しているんだよ…?」
「…ぼくも、シルベットは大好きだよ…。いつも泣いてるぼくを励ましてくれるんだ。彼女の方が、ゴーシュがいなくて、寂しかったはずなのに…」
「たぶん、シルベットは話さなくても、…解ってると思う。ぼくの任務も、帰った後のぼくらの関係も…、受け入れてくれる。彼女はぼくなんかより、はるかに達観している部分があるからな」
(――任務…?)
ラグはぼんやりと復唱した。
意味を訊かずとも、霞掛った空白が埋められた気がして、ラグは自分の心の弱さを知った。
信頼関係の威力だ。貫き通される、シルベットの真の兄妹としての愛情にはかなうはずがない、と思う。
「…………ごめんなさい…」
「謝らなくてもいいよ。…むしろ謝るのはぼくだ」
「ううん、違うんだ。ぼくはずっと…、ゴーシュを信じられなかったから…」
「それはある意味、成功したとも云えるんだけど…?そんな顔しなくても、ラグを不安に陥れた張本人はいずれにせよ、ぼくなんだし」
ノワールはラグを抱え、くるりと反転させ、自身の身体に小さな痩身を騎乗させた。
手に入れた義弟を満足気に眺め、掌全体で慈しむように滑らかな頬を包んだ。
「…………ゴーシュ……」
「触れていたい…。ラグをこうして…、ずっと抱き締めていたい…」
「……ん…」
「もう少しだから…」
「…もう、少し…?」
「…うん」
任務の解放とラグの成長、そして深く繋がり合う甘やかな時間までには、もう少しだけ熟成が必要だ、とノワールは秘めた。
「……ぼくはきみの母親のように、きみをひとりにすることは決してしない。必ずラグを見守っているから、もう少しシルベットとふたりでいい子にしていてくれるかな…」
「――――ゴーシュ…にぃ…さ……」
絡まる視点。
ラグの視界にあるのは、穏やかでありながらも凛とした、ノワールの美しい目許だけだ。
透明度の高い琥珀は、真実を語っていた。
聡明な眼差しで見つめられ、ラグの瞼から再び涙が溢れ、頬に伝った。
「泣き虫だなぁ、ラグは……」
「……だって…」
「…いつかレジスタンスに加担した理由を話せる時期が来たら、必ず話すよ。そのあとは、そうだな…、シルベットと三人で、街を離れて暮らそう…?彼女には、ぼくから説明する。ラグが、本当のぼくたちの家族になるんだって…」
「――うん、…う…んっ……」
「好きだよ……ラグ……、弟としてだけじゃなく…、きみが好きだ…」
「……えっ…えっ……」
「泣き虫は直さなければね、大切な言葉を聞き逃すよ…?」
ノワールに苦笑いされ、ラグは泣きながらも何度も頷いて見せた。
すでに何度目か判らないほどの、時間を埋める口づけを受け、次第にラグは夢現さながらに、幸福を追った。
ベッドルームに布の擦れる音だけが響き、想いを紡いだ甘やかな空気が離れに舞い降りる。
まるで天上の沈黙のようで、満たされたふたりに言葉はもういらなかった。
ときより互いの吐息が零れたが、悲鳴にも似た喘ぎとともに、掻き消えて行く。
ゴーシュ・スエードが時を忘れ、至福のキスを浴びさせる傍らで、置き去りの携帯電話が鳴った。
SECRET×SECRET《終》
初稿 2010年6月
加筆修正 2012年1月
お疲れ様でした。
この本の初版はコピー本だったんですが、確か50ページくらいあって折るのが大変だった記憶があります(笑)
書き終えた時はもっといちゃいちゃさせたかった~!が第一印象でした。
そう、いちゃいちゃ不足。いや、開発不足?
ゴーシュ君とラグは、もう…、ずっとべたべたいちゃいちゃしてて欲しい♪あまいあまいゴラグが大好きです。
ラグをなんとなく『ころころはぐはぐ』するのが好きで、いつも作品中ゴーシュ君にはラグを『ころころはぐはぐ』してもらってます。
ときには過剰にはぐはぐされて「わぁぁぁん///」ってなってるラグがどうにもかわいい///
ラグは困り顔をするのに受け入れてくれる良い子なのでもっと困らせたくなりますね~♪
いっそ結婚して下さい!公式でノワラグはあんなにラブラブなのですから☆彡
作品ですが、ゴーシュ君の人格が崩壊していてすいませんm(__)m
この話のゴーシュ君はノワールと名乗ってますが、中身はほぼゴーシュ君でしたね。。。
書いてる本人も微妙な人格だな~と思いながら書いてました(笑)(ゴーシュ6割ノワール4割?)
以前、ブログの方に期間限定で『SECRET×SECRET2』を掲載した通り、書きかけのものがあります。
ゴーシュ待ちのラグ~というか、ゴーシュ不足に陥るラグ!!
そしてザジや館長も登場して応援したり、邪魔をされてみたりな展開です。
今度こそ!!今度こそラグをもっと幸せにしてあげたい!!心身ともに!!!
ではではご拝読ありがとうございました<(_ _)>
2012年1月/西園アキ